マイクロ流体化学プラント開発プロジェクト

マイクロ流体化学プラント開発プロジェクトでは、小さなガラスチップ(マイクロ流体デバイス)を大量に並べることによって、巨大な化学プラントの小型化を目指します。これまでに東京大学/KAST 北森グループが積み重ねてきた研究成果をベースに、化学反応やプロセスを高精度に制御して高性能な化学製品を作ります。また、必要なものを必要なときに必要なだけ生産する、小型で高効率な次世代の化学プラントを造りあげてサステナブルな社会の実現に貢献します。

期間

  • マイクロ流体化学プラント開発プロジェクト    2023年4月~

実施場所

新川崎・創造のもり内 KBIC・AIRBIC   神奈川県川崎市幸区新川崎

研究概要

化学やバイオの世界で、幅・深さが髪の毛数本程度(数100マイクロメートル)の流路に液体を流す、マイクロ流体工学という技術が注目を集めています。フラスコや試験管に比べると、マイクロ流路のような小さい空間では溶液同士が一瞬で混ざるうえ、温度のムラもほとんどありません。そのため、化学反応を思い通りに制御することができます。また、マイクロ流路は周りが壁だらけの狭い空間であるため、電極や触媒などの表面で起こる反応の効率がアップすることも知られています。このように、化学反応にとってはいいことずくめのマイクロ空間ですが、一方で体積も小さいことから、化学製品を大量に製造するためには流路を何千本、何万本と集める必要があります。一本一本の流路に同じように液体を流し、同じように反応が起こっていることを確認するためには、流路の数だけポンプやセンサーも必要です。本プロジェクトでは、KISTECの前身である旧神奈川科学技術アカデミー(KAST)の北森プロジェクト(1998年~2003年)・マイクロ化学グループ(2003年~2009年)から積み重ねてきた経験をフル活用し、世界で初めてマイクロ流体デバイスを多数配列した「デスクトップ化学プラント」を実現します。特に、株式会社ダイセルおよび台湾・国立清華大学と協力して、直列に並べたマイクロ流体デバイスの大規模並列化を目指します。巨大な化学プラントを、マイクロ流体デバイスを用いて小型化することができれば、省スペースで省エネルギーな未来の化学プラントとなり、二酸化炭素排出量の削減などにも貢献できると考えています。

研究内容

1.  マイクロ流体工学による化学プロセスの集積化

 金属イオン分析をマイクロ流体デバイス上に集積化した例を図1に示します。一見複雑に見える化学プロセスも、一つ一つの操作は溶液を混合する、水と油を接触させたり分離したりする、といった単純なものです。このように、これ以上単純化できない操作のことを単位操作と呼びます。本プロジェクトのコア技術は、これらの単位操作をマイクロ流体デバイスに置き換えること(マイクロ単位操作)と、それらを直列に接続して元の化学プロセスを再現すること(連続流化学プロセス)です。これまでに、血液分析や半導体製造工場におけるアンモニアのモニタリング、抗がん剤の製造などに成功しており、特に小型化した免疫分析装置は東大病院で重症の皮膚病患者の救命に成功した実績もあります。

図1.金属イオンの湿式分析プロセスとマイクロ流体デバイス

2. マイクロ空間の時空間均一性

  コーヒーにミルクを入れるとき、そのままでは混ざらないのでスプーンでかき混ぜる必要があります。2種類の溶液が接触すると、溶質分子の拡散によって混合が起こりますが、通常容器のサイズは拡散によって分子が移動する距離に比べてはるかに大きいため、拡散だけでは混ざらないのです。一方マイクロ流路の場合、流路の幅や深さと分子拡散のスケールがほぼ等しいため、拡散によって速やかに流路内の濃度が一定になります。これは熱拡散についても同じことが言えます。また、マイクロ流路内の液体は、乱れがなくまっすぐに流れることが知られており、層流と呼ばれています。このように、マイクロ流路内において濃度、温度や流速がいつでもどこでも等しいことを本プロジェクトでは時空間均一性と呼んでおり、化学反応を制御する上で最大の利点であると考えています。

3. マイクロ流体デバイスの直列×並列による大規模集積化

 本プロジェクトにおける最大の課題は、直列に繋いだマイクロ流体デバイスを大量に並べる(並列化する)ことです。これまでに東京大学/KAST 北森グループでは、1種類のマイクロ流体デバイスを3,000枚並列化することによって粒子製造プラントの開発に成功していますが、直列×並列の集積化については世界を含めても実施例がなく、非常に複雑な流体回路を制御するための方法論の構築が必要です。そこで、台湾・国立清華大学の機械工学科、ベンチャー企業(IMT Taiwan)と協力して、流体部品やシミュレーションから制御システムに至るまでを一貫して開発します。神奈川県下および県外の優れた技術を有する中小企業にも積極的にはたらきかけ、ポンプやセンサー、精密部品などを共同開発しています。また、株式会社ダイセルとの連携により、試作したデスクトップ化学プラントを用いて高機能化学製品を生産できることを実証し、マイクロ流体工学技術の社会実装に繋げます。

図2.大規模集積化のイメージとデスクトップ化学プラント実験機の写真

研究員一覧 (氏名 /職制/ 専門分野/ 本務所属機関)

  • 北森 武彦 /プロジェクトリーダー/ 分析化学、マイクロ・ナノ流体工学
  • 清水 久史 / サブリーダー/ 分析化学、レーザー分光分析
  • スミルノバ(田中)アデリナ /常勤研究員 / 分析化学
  • 太田 諒一 / 常勤研究員 / 分析化学、免疫分析
  • 森川 響二朗 / 非常勤研究員 / マイクロ・ナノ流体工学、電気化学 / 台湾・国立清華大学