光触媒評価
概要
セルフクリーニング、空気浄化、さらには水素生成や二酸化炭素還元をはじめとする人工光合成分野など、光触媒が持つ様々な機能を評価しています。専用の設備と専門知識を有した研究員が、光触媒材料の合成や特性評価、微細構造解析などの包括的な技術サポートを提供し、皆様の研究開発をお手伝いします。
光触媒(Photocatalyst)とは?
酸化チタン光触媒関連技術は、我が国のオリジナルであり、「ホンダ・フジシマ効果」と呼ばれる水分解反応の発見以来、実に50年以上も研究開発が続けられています。そもそも触媒とは「自身は変化することなく化学反応を促進する物質」ですが、これに「光照射下で」という条件が加わったものが、光触媒の定義とされています。したがって、植物の光合成における葉緑素なども広義には光触媒の一種です。とくに酸化チタンは、安価で安定であり、最もひろく応用されている光触媒です。図1に、酸化チタン光触媒反応の概念図と応用分野をまとめました。反応メカニズムは、いまだ完全には解明されていませんが、以下のように考えられています。紫外線照射によって励起電子と正孔が生じ、それぞれ表面の酸素や水、有機物を還元および酸化します。一方、紫外線照射によって生じた欠陥に水酸基が結合して超親水性表面となります。いずれにしても、光触媒反応は、酸化チタン表面およびごく近傍でしか進行しません。これらのメカニズムを、建材や浄化機器などに応用する試みが続けられています。
今世紀初頭ごろまでは、外装材分野が光触媒の主な応用先でした。この分野は、図1の「応用Ⅰ」にあたり、1980年代から、タイルや窓ガラスなどとして実用化が進められてきました。晴れた日には、太陽光に含まれる紫外線によって、前述した酸化分解力と超親水化効果が発揮されます。雨が降ると、超親水化した表面に水膜が拡がることで、付着していた汚れを洗い流します。と同時に、窓や鏡は曇らず視認性のよい状態になります。近年よくみかける製品としては、光触媒テント材があげられます。採光性・防汚性に富む屋根材として、駅のホームなどに用いられています。東京駅八重洲口のシンボル「グランルーフ」にも、光触媒テント材が使われています。また、2014年にブラジルで開催されたFIFAワールドカップのスタジアムの屋根にも、光触媒テント材が使用されていました。このように、外装材をはじめとしたセルフクリーニング分野は、国内外に普及しており、ほぼ実用化済みで成熟した市場があるといえます。今後は、車体や、可視光応答光触媒を用いた内装材への応用展開が課題になります。
最近では、図1の「応用Ⅱ」の環境浄化分野、とくに空気清浄機への応用が急伸しています。これは、大気汚染をはじめとする環境問題の深刻化に加え、新型コロナウイルスの感染拡大など、環境リスクの増加・多様化が背景にあると考えられます。しかし、酸化チタン光触媒の浄化機器分野への応用は、超親水化による洗浄効果が大きい「応用Ⅰ」の分野と違い、技術的にハードルが高いです。酸化チタン光触媒による物質分解は、紫外線照射による励起電子と正孔の生成、それに続く活性酸素種の生成がトリガーとなります。その点において、活性点で熱的に反応を促進する通常の触媒反応とは大きく異なります。したがって、光触媒反応は、比較的低温で反応が進むものの、充分な紫外線強度が得られない場合は反応速度が著しく遅くなるという特徴があります。太陽光を光源とした場合、地表1 cm2あたりに降り注ぐ紫外線の光子数は、せいぜい毎秒1015個のオーダーです。この光子1個が、それぞれ最終的に表面の分子1個を分解可能と仮定しても、1 cm2の酸化チタン表面に付着したほんの数滴の水(0.1 mL、 分子数約3×1021個)を完全に分解するのに10日近くかかる計算になります。つまり、光触媒反応は、大量の汚染物質を短時間に分解することが原理的に困難であるといえます。しかも、空気や水を浄化する場合、汚染物質の濃度をかなり低下させないと、悪臭問題の解決や環境基準のクリアには至りません。また、汚染物質を分解する過程で、より有害な副生成物が発生してしまうことも多いです。
さらに、これからの応用先として、図1の「応用Ⅲ」の分野に期待が集まっています。これは、光触媒によって光エネルギーを電気エネルギーや化学エネルギーに変換する「人工光合成」とも呼ばれる分野です。現在、炭素循環社会の実現にむけたカーボンオフセット・カーボンニュートラルの取り組みが求められています。酸化チタン光触媒の歴史は、本文の最初に述べた通り、光で水を分解して水素と酸素を発生させる反応の発見から始まりました。つまり、地球上に無尽蔵にある太陽光や水をエネルギー源とする炭素循環社会実現のヒントは、すでに50年以上前に、光触媒反応の発見という形で提示されていたともいえます。現在、温室効果ガス削減目標など具体的な目標の達成に、光触媒がどの程度貢献できるか、どのような形で社会実装していくか、などの研究開発が進められています。
KISTECは、酸化チタン光触媒反応の発見者の藤嶋昭先生のもと、さまざまな知見を蓄積してきました。それらの知見を、上記のような情勢・環境の大きな変化に対応するために活用していくことを目指して、酸化チタン光触媒を応用した各種製品の性能評価や研究開発支援を展開しています。
【参考文献】
藤嶋 昭ほか『最新情報をやさしく解説 光触媒実験法』2021年 北野書店
※KISTECの研究員も著者に名を連ねています。詳細は、下記の出版元のサイトをご参照ください
http://kitanobook.co.jp/g/publication/07.html